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2019-10

官僚主義社会について(1)

えー、こちらのエントリーのコメント欄での逝きし世の面影さんのコメントに対するお答えですが、自分の官僚主義社会に対する考えを表明する上でもエントリーとして上げた方がよいだろうと判断しました。
まずは、官僚主義に対する僕の考えを一般論的に述べて、逝きし世の面影さんのコメントにお答えしようと思います。
とは言っても、特別目新しい論点があるわけでもありませんが…

では、官僚主義社会をごく簡単に定義します。

官僚主義社会:官僚が社会の意思決定の大部分を左右する社会

先ずは、こんなもので最大公約数的な了解は得られるのではないでしょうか?
大部分というのが曖昧ですが、少し厳密にすると次のように言えるでしょう。
日本(に限らず近代社会)では、権力は三権に分けられています(三権分立)。
教科書的に言えば、権力を集中させると横暴を働くから、三つに分けて三すくみ状態にする(互いに牽制させることで権力の暴走を抑止する)。
まあ、議院内閣制とか大統領制とか細かいことは措いて(僕自身もよくわかっていないので)。

で、「大部分を左右する」とは、「本来の権限を越えて影響力を行使する」、と表現できるでしょう。
つまり、三権の内一つが、権力の本来的なあり方(憲法に明示されたあり方)を越えて(はみ出て)、他の権力の領域に影響を及ぼす、ということです。
官僚とは行政権を司る中央官庁の公務員(の一部)ですから、行政権が、立法権や司法権の領域(主には立法)へとその勢力を拡張した状態を、官僚主義社会と呼べるでしょう。

いくつか補足しますと。
官僚と一般公務員を僕は区別して捉えます。
で、当然のことながら、官僚主義社会の担い手は一般公務員ではなく、官僚ということになります。
では官僚とは何ぞやですが、中央官庁の職員のうち、国家公務員第一種をパスした国家公務員(いわゆるキャリア)を官僚と呼ぶことにします。
もちろん、物事には例外があることは承知していますが、大枠が提示できればよいので、先ずはこの程度で。

さらに補足すると、公務員の多寡は、日本を官僚主義社会と定義する上では問題にはなりません。
公務員の多寡は、大きな政府と小さな政府の区別においては重要な論点になると思われますが、官僚主義社会であるかどうかを判断する上では必ずしも参考にはなりません。
言い換えれば、大きな政府を有する官僚主義社会もあり得れば、小さな政府を有する官僚主義社会もあり得るわけです。
こちらのブログのエントリーを読んでも、日本の公務員数が少ないのは事実なのでしょう。
ただ、繰り返しますと、そのことが日本社会を官僚主義社会と断ずるのを妨げるわけではありません。

僕自身も、官僚主義批判が公務員バッシングにならないようにしなければならないとは思います。
日本においてはこの両者がほぼイコールと捉えられているのでやっかいなのですが。
僕もだいぶ前に公務員改革エントリーを上げましたが、その辺もあって中断したままになっています(ネタ切れではありません)。
まあ、それはそれとして。

ということで、本エントリーでは、日本社会がいかに上記の官僚主義社会に当てはまるか、を述べることになります。

では、官僚がいかに立法権へとその領域を拡大しているかですが。
もはや常識と思われますが、日本では(他の国ではどうか知りません)法律のほとんどは、本来立法権を有する国会で審議される以前にすでに官僚により大枠が決定されます。
なにしろ、一時期「議員立法」なることばが、さも目新しいもののように語られたりしました。
そういえば、田中角栄は議員立法で有名ですね(かの有名な道路特定財源は田中氏による立法らしいですね)。

もちろん、官僚が法案を作っても、国会がそれを「きっちり」審議するのであれば、良いのです。
「きっちり」、というのはこういうことです。
官僚が法案を作れば、その法律に関わる省庁が権益を拡大するように(すなわち裁量権を最大限発揮できるように)するのは目に見えています。
したがって、国会では官僚のそのような権益拡大に釘をさす必要があるわけです(官僚の権益拡大と国民の利益は通常は両立しがたい)。
まあ、議員立法においても同様のことは言えますが(なんだかんだと、権益拡大のため官僚は難癖をつけてくるでしょう)。
官僚の善良さに期待して、「きっちりした法律を作ってくれるだろう」などと願望するのは、おめでたいを通り越して間が抜けている。

では、議員がきっちり官僚を監視すればいいではないか、というとそう単純でもない。
議員には官僚を監視するというインセンティブはそれほど有効に働かない。
そこも色々と理由はあるのですが、ここでは一点だけ(残りは後日)。
一番本質的なのは情報の独占だと思う。
情報の非対称性(官僚>>議員)のために、官僚に言い含められるという側面がある(よほど問題意識のある議員を除けば)。
問題意識のある議員であっても、このような事態が起こり得る。

国民の代表たる国会議員ですらこのような扱いである以上、当然、情報公開も不徹底であるため、政治的な関心を持った人々が重要な情報を得られない、という点も大きい。
本来官僚が得た情報は、国民のものであるがゆえに、原則公開が当然である(官僚が得た情報は、言い換えれば国民の税金で得た情報である)。
もちろん、警察の捜査情報など、すぐに公開できない情報もあるだろう。
それは、時間が経ってから公開すればよいだろう(最長で30年くらいでどうだろうか?)。
当然のことながら公開できない情報については明示的な理由がなければならず、公開後にその理由の妥当性も検証されるべきである(理由が妥当でなければ、その理由での非開示は今後は認めない)。

ということで、官僚の権力(官僚主義)の源泉は情報の独占にある(と僕は見做している)。
情報を独占することで、自分たちにとって都合のよい情報のみを恣意的に流出させる(ことによって、物事を自分たちに都合のよい方向へと誘導する=権益を拡大する)ことが可能になる。
逆に言えば、情報を徹底的に公開させることが、官僚主義打破の第一歩である(それだけでないことは言うまでもありませんが)。

長くなって疲れてきたので、今日はこの辺で。

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