戦略的思考(4)
天木氏のブログにもあったように、民主党は腹を括って公明党との対決姿勢を鮮明にしたようだ。
しかし、この管直人氏の「定額給付金は公明党の選挙対策費だ!」という発言は、テレビのニュースではほぼ黙殺されたようですけど(僕はテレビを見ないのでわかりませんが)。
いやしかし、12000×600万人(創価学会員ってこれくらい?)=720億円くらいかな?
これが選挙対策に使われるのか?
ってことは、定額給付金が配られるまでは選挙がないということか?
逆に、定額給付金が選挙対策ではない、と言い張るなら、自公政権は定額給付前に解散をする必要がある(あった)な。
まあ、いずれにしろ、民主党がマジに政権を取る気なら、公明党と対決姿勢を見せなきゃウソってもんだろう(公明党と手を組むなんてことになったら、あっという間に支持率急降下だろう)。
何といっても、社会をここまでズタズタにした自公政権の一端なんだから。
短期的に見れば600万という票田は魅力的に見えるのかもしれないが、長期的に見ればこんなものはむしろマイナスでしかない。
落ち目の自民党にはそれを考えるだけの余裕がなかったのだろう(短絡的思考に陥って戦略的に振る舞うことができなかったのだろう)。
それが現在の凋落であり、まあ自業自得でしょう。
それはさておき、阿修羅で拾ったネタ
09年もネット広告拡大が加速 新聞抜き第2のメディアへ
既存マスメディアの冷や汗っぷりが目に見えるようではありますが…
あ、ちなみに僕はテレビはほぼゼロ、新聞は職場で目を通す程度です。
それはさておき。
まあ、この事態は別に既存マスメディアへの不信とダイレクトに結び付けない方が良いと思う(その要素がないとも言わないが)。
パイ(全体の広告費)は急激には変化しないないだろう(不景気で減っているとは思われるが)。
とすれば、新しいメディア(ネット)が出てくれば、既存のメディアがその割りを食うのは必然と言える。
多分、テレビの出現時にも同様のことは起こったろう。
ただ、それ以上に当時は高度成長に伴うパイ(全体の広告費)の急激な伸びもあり、広告費の急激な落ち込みという事態には直面しなかったのだろう。
現在は、間違いなく低成長へと時代は移っており、急激なパイ(全体の広告費)の増加は望むべくもない。
しかも、今回のメディア出現(ネット)は過去のものとは一味違う。
既存マスメディアは基本的に一対多で、視聴者・読者は情報を受け取るしかなかった。
しかし、ネットにおいては情報を受け取るだけではなく、自ら発信できる。
情報を受け取る場合も、自らより良い情報を探し出すことも原理的にはできる(ただ、膨大な情報の中から価値ある情報を選び取るためには、リテラシーが必要だろう)。
つまり、一方的な情報の受信という受け身ではない形でのメディアへの参入が可能になったわけだ。
もちろん、受け身でいいという人は(そしてその人が既成メディアの情報に特段の不満を持たないならば)、必ずしもネットには参入してこないかもしれない。
しかし、既成メディアとネットを同等のものとして(むしろネットをより身近に)受け取る世代も出てきているだろう。
つまり、ネットの出現によって既成メディアはそのあり方の根本が問われるようになったわけだ。
となれば、必然的に既成メディアの情報の質が問われるようになる。
ネットでも手軽に得られる情報については、わざわざ既成メディアによる必要はない。
しかし逆に、既成メディア上の情報がネットで手軽に得られる程度のものであるなら、わざわざ既成メディアにアクセスしようという動機もなくなっていくだろう。
こうして、ネットの出現が既成メディアを情報の質の向上へと動機づける可能性はある。
ただ、これは僕の願望が多分に影響しているかもしれない(そううまくいくようにも思われない)。
既存メディアは、クロスオーナーシップもあり、既得権でがっちり守られており、記者クラブの問題もあり、権力批判に対して腰砕けである(というより権力と一体化している?)。
記者クラブの問題というのは、簡単に言えば記者クラブに加盟したメディアの記者しか、記者会見に出られないということだ。
当然のことながら、法律で決められたことではないのだが、なぜか慣例(?)として残っている。
これって独禁法違反じゃないのか?
なぜ、一任意団体に過ぎない記者クラブが、非記者クラブ記者の権力へのアクセスに介入できるのだろうか?
まあ、報道される側(官庁や政治家)も、記者クラブの記者を飼いならしておけば不利な情報を流される心配をしなくて済むわけで、記者クラブがあることはむしろ好都合である。
報道側も、記者クラブで情報ががっちり保護されているために(記者クラブに加盟していなければ情報が得られない)、官庁や政治家がばら撒いてくれる(ということはそれをばら撒く意図がある)情報を垂れ流しにしていれば、メシを食うのに困らなかったわけだ。
横並びであっても、それしか情報を得る手段がなければ、その情報を買うしかない。
その辺りの事情は、○激トークオンディマンドのこの回や上杉隆氏の『ジャーナリズム崩壊』辺りを参照してもらうとして。
で、ある種の必然ともいえる既成メディアの広告収入減に対して、戦略的思考をほとんど全く有しているようには見えない(=短絡的思考に凝り固まった)既成メディアがどのように反応するかを予測してみますと(予言ではありませんので、念のため)。
なんとか広告主に媚を売ろうと、ヨイショ的な報道や番組が多くなる(電通の介入もあるかもしれないな)。
それは、広告主の意向によらない(ことの多い)、ネット上の情報と内容的に乖離していくだろう。
その時に、ネットとメディアのどちらをより信じるかを受け手が選択を迫られる(もちろん、個別の情報についてはその都度選択するだろうが、媒体の特性も問題となるだろう)。
で、既成メディアには広告費という縛りがあるため、広告費をなんとか保持しようと、報道内容にバイアスがかかる可能性がある(それが受け手にも見えてくる)。
ネットにもそのようなバイアスがかかる可能性はあるが、(広告とは無関係な)様々な意見が見られるため、相対化して受け取ることができる。
そうするとますます既成メディアとネット上の情報が乖離してしまう。
それがますます既成メディアから人が離れる誘因となってますます広告費が落ち込んで…
以下同様。
どうだろうか。
短絡的な思考(短期的利益の極大化)が、いかに長期的には損失へと陥ってしまう可能性があるかが、ここには示されていると思う(多分)。
それでも短期的な利益の極大化を人は求めてしまうだろう。
一つは短期的な利益は見えやすいものであるが故に、あるいは感情に強く促されるが故に(感情に逆らうのは意外と難しい)、一つは長期的な利益というのはなかなか見通しづらいが故に(将来はいろいろな要因が関わってくるがゆえに予測通りにはならない、と思われてしまう)、また、年長者にとっては長期の利益よりは短期の利益を求めるようにインセンティブが働くゆえに(短期的な利益を上げてあとは野となれ山となれ)。多くの組織にとって、意思決定の権限を有するのは、たいてい老い先短い(?)年長者である。
こうして、一つ新たなことを発見しました(遅い?)。
戦略的思考のためには、(人生まだ先が長いため)長期的な利益へのインセンティブを有する若い人を重用する必要がある。
というのも、年長者は基本的には短期の利益を上げて逃げ切れば良いわけで、長期的な利益へとコミットする動機が持ちにくいからだ(長期的な利益を求める年長者の存在を否定するわけではないが)。
しかし、この管直人氏の「定額給付金は公明党の選挙対策費だ!」という発言は、テレビのニュースではほぼ黙殺されたようですけど(僕はテレビを見ないのでわかりませんが)。
いやしかし、12000×600万人(創価学会員ってこれくらい?)=720億円くらいかな?
これが選挙対策に使われるのか?
ってことは、定額給付金が配られるまでは選挙がないということか?
逆に、定額給付金が選挙対策ではない、と言い張るなら、自公政権は定額給付前に解散をする必要がある(あった)な。
まあ、いずれにしろ、民主党がマジに政権を取る気なら、公明党と対決姿勢を見せなきゃウソってもんだろう(公明党と手を組むなんてことになったら、あっという間に支持率急降下だろう)。
何といっても、社会をここまでズタズタにした自公政権の一端なんだから。
短期的に見れば600万という票田は魅力的に見えるのかもしれないが、長期的に見ればこんなものはむしろマイナスでしかない。
落ち目の自民党にはそれを考えるだけの余裕がなかったのだろう(短絡的思考に陥って戦略的に振る舞うことができなかったのだろう)。
それが現在の凋落であり、まあ自業自得でしょう。
それはさておき、阿修羅で拾ったネタ
09年もネット広告拡大が加速 新聞抜き第2のメディアへ
既存マスメディアの冷や汗っぷりが目に見えるようではありますが…
あ、ちなみに僕はテレビはほぼゼロ、新聞は職場で目を通す程度です。
それはさておき。
まあ、この事態は別に既存マスメディアへの不信とダイレクトに結び付けない方が良いと思う(その要素がないとも言わないが)。
パイ(全体の広告費)は急激には変化しないないだろう(不景気で減っているとは思われるが)。
とすれば、新しいメディア(ネット)が出てくれば、既存のメディアがその割りを食うのは必然と言える。
多分、テレビの出現時にも同様のことは起こったろう。
ただ、それ以上に当時は高度成長に伴うパイ(全体の広告費)の急激な伸びもあり、広告費の急激な落ち込みという事態には直面しなかったのだろう。
現在は、間違いなく低成長へと時代は移っており、急激なパイ(全体の広告費)の増加は望むべくもない。
しかも、今回のメディア出現(ネット)は過去のものとは一味違う。
既存マスメディアは基本的に一対多で、視聴者・読者は情報を受け取るしかなかった。
しかし、ネットにおいては情報を受け取るだけではなく、自ら発信できる。
情報を受け取る場合も、自らより良い情報を探し出すことも原理的にはできる(ただ、膨大な情報の中から価値ある情報を選び取るためには、リテラシーが必要だろう)。
つまり、一方的な情報の受信という受け身ではない形でのメディアへの参入が可能になったわけだ。
もちろん、受け身でいいという人は(そしてその人が既成メディアの情報に特段の不満を持たないならば)、必ずしもネットには参入してこないかもしれない。
しかし、既成メディアとネットを同等のものとして(むしろネットをより身近に)受け取る世代も出てきているだろう。
つまり、ネットの出現によって既成メディアはそのあり方の根本が問われるようになったわけだ。
となれば、必然的に既成メディアの情報の質が問われるようになる。
ネットでも手軽に得られる情報については、わざわざ既成メディアによる必要はない。
しかし逆に、既成メディア上の情報がネットで手軽に得られる程度のものであるなら、わざわざ既成メディアにアクセスしようという動機もなくなっていくだろう。
こうして、ネットの出現が既成メディアを情報の質の向上へと動機づける可能性はある。
ただ、これは僕の願望が多分に影響しているかもしれない(そううまくいくようにも思われない)。
既存メディアは、クロスオーナーシップもあり、既得権でがっちり守られており、記者クラブの問題もあり、権力批判に対して腰砕けである(というより権力と一体化している?)。
記者クラブの問題というのは、簡単に言えば記者クラブに加盟したメディアの記者しか、記者会見に出られないということだ。
当然のことながら、法律で決められたことではないのだが、なぜか慣例(?)として残っている。
これって独禁法違反じゃないのか?
なぜ、一任意団体に過ぎない記者クラブが、非記者クラブ記者の権力へのアクセスに介入できるのだろうか?
まあ、報道される側(官庁や政治家)も、記者クラブの記者を飼いならしておけば不利な情報を流される心配をしなくて済むわけで、記者クラブがあることはむしろ好都合である。
報道側も、記者クラブで情報ががっちり保護されているために(記者クラブに加盟していなければ情報が得られない)、官庁や政治家がばら撒いてくれる(ということはそれをばら撒く意図がある)情報を垂れ流しにしていれば、メシを食うのに困らなかったわけだ。
横並びであっても、それしか情報を得る手段がなければ、その情報を買うしかない。
その辺りの事情は、○激トークオンディマンドのこの回や上杉隆氏の『ジャーナリズム崩壊』辺りを参照してもらうとして。
で、ある種の必然ともいえる既成メディアの広告収入減に対して、戦略的思考をほとんど全く有しているようには見えない(=短絡的思考に凝り固まった)既成メディアがどのように反応するかを予測してみますと(予言ではありませんので、念のため)。
なんとか広告主に媚を売ろうと、ヨイショ的な報道や番組が多くなる(電通の介入もあるかもしれないな)。
それは、広告主の意向によらない(ことの多い)、ネット上の情報と内容的に乖離していくだろう。
その時に、ネットとメディアのどちらをより信じるかを受け手が選択を迫られる(もちろん、個別の情報についてはその都度選択するだろうが、媒体の特性も問題となるだろう)。
で、既成メディアには広告費という縛りがあるため、広告費をなんとか保持しようと、報道内容にバイアスがかかる可能性がある(それが受け手にも見えてくる)。
ネットにもそのようなバイアスがかかる可能性はあるが、(広告とは無関係な)様々な意見が見られるため、相対化して受け取ることができる。
そうするとますます既成メディアとネット上の情報が乖離してしまう。
それがますます既成メディアから人が離れる誘因となってますます広告費が落ち込んで…
以下同様。
どうだろうか。
短絡的な思考(短期的利益の極大化)が、いかに長期的には損失へと陥ってしまう可能性があるかが、ここには示されていると思う(多分)。
それでも短期的な利益の極大化を人は求めてしまうだろう。
一つは短期的な利益は見えやすいものであるが故に、あるいは感情に強く促されるが故に(感情に逆らうのは意外と難しい)、一つは長期的な利益というのはなかなか見通しづらいが故に(将来はいろいろな要因が関わってくるがゆえに予測通りにはならない、と思われてしまう)、また、年長者にとっては長期の利益よりは短期の利益を求めるようにインセンティブが働くゆえに(短期的な利益を上げてあとは野となれ山となれ)。多くの組織にとって、意思決定の権限を有するのは、たいてい老い先短い(?)年長者である。
こうして、一つ新たなことを発見しました(遅い?)。
戦略的思考のためには、(人生まだ先が長いため)長期的な利益へのインセンティブを有する若い人を重用する必要がある。
というのも、年長者は基本的には短期の利益を上げて逃げ切れば良いわけで、長期的な利益へとコミットする動機が持ちにくいからだ(長期的な利益を求める年長者の存在を否定するわけではないが)。
コメント
クロノスさん
はじめまして、コメントありがとうございます。
僕は「合理的に考えれば、民主党が公明党と組むことはない」と考えていますが、クロノスさんはそうは考えないということですね。
その場合、(公明党と組むほど)民主党が合理的でない、とお考えでしょうか?
それとも、実は公明党と組むことが民主党と組むことが合理的、ということでしょうか?
あるいは、民主党が公明党と組む、という根拠なり理由なりがおありでしょうか?
ちなみに、自民が公明党と組んだのは、政権を手放したくない、という純粋に利己的な動機だと思っています(公明党も同じ)。
政権を手放すくらいなら、散々批判をした公明党と組んだ方がマシ、という判断が働いたのでしょう。
そしてその結果を民主党はよーくみているはずですが。
僕は「合理的に考えれば、民主党が公明党と組むことはない」と考えていますが、クロノスさんはそうは考えないということですね。
その場合、(公明党と組むほど)民主党が合理的でない、とお考えでしょうか?
それとも、実は公明党と組むことが民主党と組むことが合理的、ということでしょうか?
あるいは、民主党が公明党と組む、という根拠なり理由なりがおありでしょうか?
ちなみに、自民が公明党と組んだのは、政権を手放したくない、という純粋に利己的な動機だと思っています(公明党も同じ)。
政権を手放すくらいなら、散々批判をした公明党と組んだ方がマシ、という判断が働いたのでしょう。
そしてその結果を民主党はよーくみているはずですが。
コメントの修正をいくつか
「合理的に考えれば、民主党が公明党と組むことはない」
は
「民主党にとって、公明党と組むことは合理的ではない」
の方が誤解を招きにくいですね。
あと、「それとも、実は公明党と組むことが民主党と組むことが合理的、ということでしょうか?」
ですが、これは間違いで、「それとも、実は公明党と組むことが民主党にとって合理的、ということでしょうか?」、に訂正です。
は
「民主党にとって、公明党と組むことは合理的ではない」
の方が誤解を招きにくいですね。
あと、「それとも、実は公明党と組むことが民主党と組むことが合理的、ということでしょうか?」
ですが、これは間違いで、「それとも、実は公明党と組むことが民主党にとって合理的、ということでしょうか?」、に訂正です。
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あれだけ悪口言っていた自民党がくっついたのですから。
石井一がいくら批判しようが、絶対連立組むでしょう。