2009-06

国家について 権力の原理から考えてみる(4)

久々のシリーズ更新です。

国家について 権力の原理から考えてみる(1)
国家について 権力の原理から考えてみる(2)
国家について 権力の原理から考えてみる 補足
国家について 権力の原理から考えてみる(3)

の続きになります。
ごくごく大雑把なまとめをしておきますと、本シリーズでは、権力を「他者に対して、(その意図に関わらず)特定の行為をとらせるときに想定される力」と定義し、権力には正統性(それに従う理由)が必要であるとしました。で、正統性の性質として、唯一性と排他性を取り上げ、唯一性と排他性を備える権力が(それが作動する)テリトリーを画定する旨を述べました。
権力の作動するテリトリーの例として、家族(家庭)、学校、会社、自治組織などを挙げました。そして、国家をそのような権力の作動領域の一形態として捉える見方を示唆しておきました。
以上のまとめについては、上記エントリーを参照していただければ、と存じます。

ここから本題になります。

上記のまとめを敷衍すれば、権力が社会において具体的には権力のテリトリーという形態を取るということでした(これは、権力がテリトリーを画定する、とも表現できる)。
こうして、私たちの社会は、様々な(相対的に独立した)社会的領域を含み、その領域では(相対的に)独立した権力が作動することになる(権力ごとに相対的に独立した社会的領域を形成する)。
これは次のように表現できる。

少し脇道に逸れますが。
権力の作動の仕方は何通りか考えられるが、代表的なものがルールを通じた権力の作動と、道徳を通じた権力の作動になるだろう。
前者(ルール)は非人称的(あるいは脱人称的)であり、一般には人称性を剥奪した社会的領域、すなわち組織で作動するだろう。
後者(道徳)は人称と強く結びついており、それゆえ、人称的な係わり合いを本質とする共同体で作動するだろう。
人称性がある(ない)とは、「誰が」という部分が重視される(ない)と言ってよい。

しかし、ルールの支配する組織と道徳の支配する共同体を理念的に分けられても、実際には両者が渾然としているのが実情だろう。
そして、組織は一般に共同体に変容しがちであり、それはルールが道徳へと変容しがちである(逆は恐らくほとんどない)ことと表裏一体である(それは組織の自己目的化として描写できる)。
この辺りについては共同体(世間)と道徳、社会とルール introductionとか嘘について(前エントリーの簡単な補足)辺りが参考になるかも?

以上脇道でした。
社会に様々な領域(固有の権力が支配する領域)があるとして、では権力の領域(テリトリー)とは何か?
一般に権力のテリトリーは2つの要素からなる。
一つは権力が効力を発揮する成員(メンバーシップ)、もう一つは権力が効力を発揮する空間である。
例えば、ある学校における権力(一般にはルール)は、その学校内(空間)において、その学校の生徒や教師にのみ(メンバーシップ)作動する。
家庭における権力(一般的には道徳)は、その家の中で、家族の成員に対して作動する。
このことは、あるメンバーにのみ、ある空間でのみ作動するものとして権力を特定できる、と表現しても同じことである。

もちろん、このことは「固定的」ではない。
例えば、学校外の行事(修学旅行など?)においても、通常は学校の権力は学校内と同様に作動するだろう、あるいは学校外の人物が参与する行事でその人物に対して学校権力が作動することもあるだろう。
つまり、権力空間とメンバーシップが特定されたとしても、それは固定的であるとは限らない、ということである。

まあ、それもそれとして。

では、いよいよ国家という権力のテリトリーに踏み込みます。
国家という権力のテリトリーのメンバーシップと空間とは何か?
言うまでもないでしょうが、国民(メンバーシップ)と国土(空間)ということになります。
多くの(多分、全ての)国民は、国家というテリトリーの一員であると同時に、他の(一般には複数の)テリトリーの一員でもある。
しかし、国家と他のテリトリーの違いが厳然として存在する(というか、厳然として区別しようとする力が国家という権力のテリトリーを現出させる)。

その違いを一言で言えば、国家以外のテリトリーは、国家(という権力)に反逆しないという前提で初めて存在し得る、ということだ。
言い換えれば、国家内の権力のテリトリーは、国家権力の正統性を脅かしてはならない(恐らく、歴史上のあらゆる国家は、国家に対する反逆を重罰に、通常は極刑に処したと思われる)。
こうして国家というテリトリー(国民と国土)を画定する国家権力が、種々の権力の上位の権力として現出する(あるいはそのように現出した権力が国家権力である)。
それは権力の排他性からの必然的な帰結でもある。

以上、簡単ではありますが、権力のテリトリーとしての国家の特異性を示唆したところで、本日のエントリーは終了とします。
次は、国家が特異な権力として現出する過程をもう少し具体的に描写してみたい。

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