取り調べ可視化について 足利事件の教訓
6/11追記あり
えー、誓いを破った償い、というわけでもないですが、本日二本目のエントリーになります(一本目の内容があまりにも薄すぎる、ということもあるのですが)。
ビデオニュースの今週のマル激トークオンディマンドのニュースコメンタリー(視聴するためには月500円の会費を払う必要があります)で、足利事件について言及されています。
事件当時の精度の低いDNA鑑定で犯人と断定され、より精度の高まった鑑定法で再鑑定したところ無実が判明した事件です。
その事件の容疑者とされた菅家さんは、取調べにおいて(虚偽の)自白をし、その自白調書も有罪判決に大きな影響を与えたと思われます(もちろん、有罪判決を後押しする証拠として)。
より精度の高い鑑定法で犯人のものとされるDNAとの不一致を見たわけだから、菅家さんは実際には無実だったに違いないわけで、その自白が任意ではない、すなわち(拷問的な手段により)強要された(虚偽の)自白であった、ということが明らかになったわけです(あくまで任意だと言い張るとしたら、その人は「人は任意で自分がやってい犯罪についての(虚偽の)自白をするのだ」、というトンデモ信念(?)を有していることになります)。
もちろん、こちらのエントリーでも述べたように、取調べの過程において虚偽の自白を行うことは、決して珍しいことではない。
というか、無実の人間が虚偽の自白をせざるを得ない状況に追い込まれるのが、取調べという密室の空間なのである(この辺りはまた別エントリーで)。
より突っ込んで言えば、取調べが密室であるなら、そして裁判官が(たとえ密室で得たものであっても)自白を証拠として重視するなら(実際の裁判を見るかぎり自白偏重は明らかである)、どんな手段を使ってでも(それが拷問的な手段であっても)自白させようとするのが取調官の人情といえるでしょう(密室であっても拷問的な手段は用いない、という取調官の倫理に訴えても無意味であることが、足利事件で明らかになったわけです)。
そして、菅家さんは無実である(に違いない)わけだから、精度の低いDNA鑑定以外に菅家さんの犯行を立証する物証など皆無なわけで、ということは裁判官は、(密室の取調べで得られた)自白と精度の低いDNA鑑定のみで有罪判決を下した、ということになります(他の物証で、菅谷さんと犯行を結びつけるものは皆無なので)。
えー、推定無罪原則とは、容疑者・被告人は有罪であると合理的な疑いなく証明されるまでは無罪と扱われなくてはならない、ということでしたので、精度の低いDNA鑑定以外の物証が菅家さんと犯行を結びつけることができない(=有罪であることに合理的な疑いが存在する)以上、有罪判決を下した裁判官は、物証を吟味する能力を有さないか、推定無罪原則を全く理解していない(=推定有罪原則に立っている)かのいずれかであり、いずれにしても裁判官としての資質を著しく欠くと言わざるを得ません。
その裁判官が、裁判員裁判では裁判員に説示をするのだが…(誘導になってしまう危険があるがゆえに評議もオープンにしなければならないのでは?)
それはそれとして。
先のニュースコメンタリーで森法務大臣の足利事件に関する会見の映像が見られるのですが、記者からの「取調べの全面可視化をするのか?」という質問に対して、森法務大臣は次のように答えています(重要なところを抜粋して再構成しています)。
いや、もう啞然ですね。
ことは、(拷問的な手段による)自白の強要という人権侵害なのである(それが今回の足利事件のような冤罪事件を生み出す)。
したがって人権を重視するなら、すなわち(拷問的な手段によって)被疑者に(虚偽の)自白を強要することを回避したいのであれば、取調べを可視化することは当然であろう。
あくまで可視化に反対する森法務大臣(と警察・検察)が人権など屁とも思っていないことが明らかになるわけだ。
ビデオ・ボイスレコーダーが設置されるだけで、被疑者が自白をためらってしまう、と考える警察・検察の思考回路もちっとも理解できないが…(拷問以外に、密室の方が自白が進むと考える理由って何だ?)
それと同じ思考回路なのかもしれないが、可視化で真相解明が妨げられるというのも、僕からすればトンデモ以外の何物でもないのだが…
逆に言えば、密室でなければ真相は解明できないってことでしょう?
密室でのみ明らかにされる真相って何?
オープンにされることで棄損される真相って何?
フツーは、オープンにして様々な批判に晒して、それでも生き残ったものを真相と呼ぶでしょう。
つまり、真相を云々したいのであれば、むしろ情報を積極的にオープンにすべきとなるわけです(あくまでも密室にこだわることが、逆に捜査関係者が真相に全く関心を払っていないことを明らかにしているわけです)。
さらに、森法務大臣(の口を借りた法務官僚?)は次のように述べています(上と同様の再構成)。
語るに落ちる、とはこのことですね。
この発言で森法務大臣は、取調べが不可視であることが、(おとり捜査や)盗聴、司法取引などの捜査手段に匹敵する力を有している、ということを吐露しているからです。
逆に言えば、取調べを可視化することで、つまり取調室にビデオやボイスレコーダーを設置するだけで、おとり捜査・盗聴・司法取引にも匹敵する権限が失われてしまうと(だから取調べを可視化するならそれらを導入しろと)。
これって捜査機関が、「オレ達、違法な取調べをしているぜ!だから取調べ可視化は困るんだぜ!」、「密室ゆえに好き勝手にできるんだから、それを取り上げるんなら、(密室の替わりになる)おとり捜査・盗聴・司法取引をくれ!」、と言っているに等しいと思うのだが…
民主党は取り調べ可視化を党是としているわけで、これだけでも政権交代を支持する理由になると僕は思うのだが…
6/11追記:コメント欄で、沼地さんから「恣意的な解釈ではないか?」というツッコミがありましたので、森法務大臣の会見を書き起こしました。沼地さんのツッコミの妥当性を皆さんにご判断頂ければ、と存じます。
では、以下に会見の書き起こしを記します。
えー、誓いを破った償い、というわけでもないですが、本日二本目のエントリーになります(一本目の内容があまりにも薄すぎる、ということもあるのですが)。
ビデオニュースの今週のマル激トークオンディマンドのニュースコメンタリー(視聴するためには月500円の会費を払う必要があります)で、足利事件について言及されています。
事件当時の精度の低いDNA鑑定で犯人と断定され、より精度の高まった鑑定法で再鑑定したところ無実が判明した事件です。
その事件の容疑者とされた菅家さんは、取調べにおいて(虚偽の)自白をし、その自白調書も有罪判決に大きな影響を与えたと思われます(もちろん、有罪判決を後押しする証拠として)。
より精度の高い鑑定法で犯人のものとされるDNAとの不一致を見たわけだから、菅家さんは実際には無実だったに違いないわけで、その自白が任意ではない、すなわち(拷問的な手段により)強要された(虚偽の)自白であった、ということが明らかになったわけです(あくまで任意だと言い張るとしたら、その人は「人は任意で自分がやってい犯罪についての(虚偽の)自白をするのだ」、というトンデモ信念(?)を有していることになります)。
もちろん、こちらのエントリーでも述べたように、取調べの過程において虚偽の自白を行うことは、決して珍しいことではない。
というか、無実の人間が虚偽の自白をせざるを得ない状況に追い込まれるのが、取調べという密室の空間なのである(この辺りはまた別エントリーで)。
より突っ込んで言えば、取調べが密室であるなら、そして裁判官が(たとえ密室で得たものであっても)自白を証拠として重視するなら(実際の裁判を見るかぎり自白偏重は明らかである)、どんな手段を使ってでも(それが拷問的な手段であっても)自白させようとするのが取調官の人情といえるでしょう(密室であっても拷問的な手段は用いない、という取調官の倫理に訴えても無意味であることが、足利事件で明らかになったわけです)。
そして、菅家さんは無実である(に違いない)わけだから、精度の低いDNA鑑定以外に菅家さんの犯行を立証する物証など皆無なわけで、ということは裁判官は、(密室の取調べで得られた)自白と精度の低いDNA鑑定のみで有罪判決を下した、ということになります(他の物証で、菅谷さんと犯行を結びつけるものは皆無なので)。
えー、推定無罪原則とは、容疑者・被告人は有罪であると合理的な疑いなく証明されるまでは無罪と扱われなくてはならない、ということでしたので、精度の低いDNA鑑定以外の物証が菅家さんと犯行を結びつけることができない(=有罪であることに合理的な疑いが存在する)以上、有罪判決を下した裁判官は、物証を吟味する能力を有さないか、推定無罪原則を全く理解していない(=推定有罪原則に立っている)かのいずれかであり、いずれにしても裁判官としての資質を著しく欠くと言わざるを得ません。
その裁判官が、裁判員裁判では裁判員に説示をするのだが…(誘導になってしまう危険があるがゆえに評議もオープンにしなければならないのでは?)
それはそれとして。
先のニュースコメンタリーで森法務大臣の足利事件に関する会見の映像が見られるのですが、記者からの「取調べの全面可視化をするのか?」という質問に対して、森法務大臣は次のように答えています(重要なところを抜粋して再構成しています)。
「ビデオが取られると、被疑者に自白をためらう、関係者のプライバシーに関わることを出すことは困難(はっきり聞き取れず)、取り調べの機能を損ない、真相解明に支障をきたす(から可視化には反対)」
いや、もう啞然ですね。
ことは、(拷問的な手段による)自白の強要という人権侵害なのである(それが今回の足利事件のような冤罪事件を生み出す)。
したがって人権を重視するなら、すなわち(拷問的な手段によって)被疑者に(虚偽の)自白を強要することを回避したいのであれば、取調べを可視化することは当然であろう。
あくまで可視化に反対する森法務大臣(と警察・検察)が人権など屁とも思っていないことが明らかになるわけだ。
ビデオ・ボイスレコーダーが設置されるだけで、被疑者が自白をためらってしまう、と考える警察・検察の思考回路もちっとも理解できないが…(拷問以外に、密室の方が自白が進むと考える理由って何だ?)
それと同じ思考回路なのかもしれないが、可視化で真相解明が妨げられるというのも、僕からすればトンデモ以外の何物でもないのだが…
逆に言えば、密室でなければ真相は解明できないってことでしょう?
密室でのみ明らかにされる真相って何?
オープンにされることで棄損される真相って何?
フツーは、オープンにして様々な批判に晒して、それでも生き残ったものを真相と呼ぶでしょう。
つまり、真相を云々したいのであれば、むしろ情報を積極的にオープンにすべきとなるわけです(あくまでも密室にこだわることが、逆に捜査関係者が真相に全く関心を払っていないことを明らかにしているわけです)。
さらに、森法務大臣(の口を借りた法務官僚?)は次のように述べています(上と同様の再構成)。
「取調べの可視化は、通信傍受(=盗聴)、司法取引といった、捜査手段を総合的に検討して考えるべき(で、現在の日本は捜査手段が限られており、取調べ可視化を導入すべきではない)」
語るに落ちる、とはこのことですね。
この発言で森法務大臣は、取調べが不可視であることが、(おとり捜査や)盗聴、司法取引などの捜査手段に匹敵する力を有している、ということを吐露しているからです。
逆に言えば、取調べを可視化することで、つまり取調室にビデオやボイスレコーダーを設置するだけで、おとり捜査・盗聴・司法取引にも匹敵する権限が失われてしまうと(だから取調べを可視化するならそれらを導入しろと)。
これって捜査機関が、「オレ達、違法な取調べをしているぜ!だから取調べ可視化は困るんだぜ!」、「密室ゆえに好き勝手にできるんだから、それを取り上げるんなら、(密室の替わりになる)おとり捜査・盗聴・司法取引をくれ!」、と言っているに等しいと思うのだが…
民主党は取り調べ可視化を党是としているわけで、これだけでも政権交代を支持する理由になると僕は思うのだが…
6/11追記:コメント欄で、沼地さんから「恣意的な解釈ではないか?」というツッコミがありましたので、森法務大臣の会見を書き起こしました。沼地さんのツッコミの妥当性を皆さんにご判断頂ければ、と存じます。
では、以下に会見の書き起こしを記します。




