fc2ブログ

2009-05

遂行的矛盾?

こちらの更新は久々になってしまったなぁ…
Hatenaの方はちょっとずつ書いていたのですが。
で、そっちで感じた雑感などを少々。

唐突ですがあるテクストに対して、「論評に値しない」という(評する?)のは論評なのでしょうか?
もし、「論評に値しない」というのが論評だとしたら、このような発言をする人は、遂行的矛盾を犯していることになりはしないか?(別に遂行的矛盾が悪いと言いたいわけではないのだが)

「論評に値しない」が論評でないとすれば、一体なんと評せばいいのだろう?
落書き?チラシの裏?マ○ターベーション?

いや、「論評に値しない」という論評(遂行的矛盾)があり得ない、と言いたいわけでもない。
例えば、指導教官が学生の論文の評価を行う場合(これは論評をせざるを得ない)。
どうにも評価のしようのない論文もあるだろうし、その場合に苦し紛れに「論評に値しない」との論評を下すことはあるだろう(し、その論文が本当にどうしようもない場合は、「論評に値しない」との論評はやむを得ない)。

しかし、ある人物に義理も義務も責任もない場合は、特定のテクストに「論評に値しない」との論評を(苦し紛れに)せざるを得ないという条件は排除される。つまりその場合、その人は「論評に値しない」との論評(すなわち遂行的矛盾)を自ら望んで積極的に行ったということになるのではないだろうか?
「いや、論評ではない。これは便所の落書きだ(単なるマス○ーベーションだ)。」と言い張るのなら、それ以上は突っ込もうとも思いませんが…

ということで、何の義理も義務も責任も有さないのに、「このテクストは論評に値しないな、エッヘン」とかエラッソウに論評をしたことがある人、身に覚えのある人、は是非これを機会に改めますようによろしくね(偉そう?)。



ついでにもう一つ。
「つまらん、つまらん」とか言いながら粘着する人(いますよね?)。
フツーの人間はつまらんものには粘着しない。
オタクなどを評して、「あんなつまらんものに執着するとは愚かだ」というパターナリスティックな「上から目線」をさらけ出して悦に入る人もいるが、その場合もオタク本人はそれをつまらんとは思っていない(興味・関心を有している)ということが前提である(「客観的に見ればそんなものはつまらんよ」と偉そうに言いたいだけである)。

つまり、「それはつまらんよ」という言い方は、主観的な価値と客観的な価値の乖離を指摘しようとする、ある意味「何様?」的な言説ではあるのだが、それでも当の本人は面白がっているのだ、というコンセンサスはある(はずだ)。
例えば、エヴァンゲリオンに粘着する人がいて、その人に対して「エヴァンゲリオンなんてつまらんものに粘着するな」とパターナリスティックに言う人がいて、しかし前提には「エヴァンゲリオンに粘着する人はそれをつまらないとは思っていない(面白いと思っている)」という前提がある(はずだ)。

しかし、ある事柄に「つまらん、つまらん」言いながら粘着する人は、どう評せばいいのだろう?
例えば、「ドラクエはつまらん、ドラクエはつまらん」言いながら、睡眠時間を削ってドラクエをやる人をどう評せばいいのだろうか?
フツーは「口では『つまらん』言ってるが、ホントは面白がってるんだねぇ」と、いきがった中学生を見るように微笑ましく(?)見守ってあげるのではないだろうか?

ま、これは遂行的矛盾とは異なるかもしれませんが、「つまらんもの」につきあう義理のない人は、「つまらん、つまらん」と粘着するのはやめた方がよろしいのではないかと(大きなお世話?)。

以上、最近感じた雑感でした。
スポンサーサイト



«  | HOME |  »

プロフィール

quine10

Author:quine10
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

フリーエリア

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード