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2008-12

一年を終えるにあたって ネット言論の雑感

えー、2008年も終わりですね。
今年もいろいろとありました。
個人的にはブログを始めたりして。
弱小ブログではありますが、たわいもない独り言を読んで頂いてありがたく思っております。
個人的には天木氏のブログが読めなくなるのが痛恨ではありますが(クレジットカードを持っていないので)。
一刻も早くwebmoneyなどの決済方法を取り入れてもらいたいもんだと思う。
そういえば、世に倦む日々も有料化されるようですね。
世に倦む日々に関しては、気が向いたときに読む程度なので、多分読まないと思いますが。
ブログ言論もまだまだあるべき道を模索中なのかもしれませんね。
アルファブロガーなんてのもあるが、植草氏周辺を巻き込んだ騒動にも見られるように、やや政治的なきな臭さが漂っているし。
ネット工作員とか政治ブログランキング操作など、ブログ言論周辺の胡散臭いはなしもありますし。

そもそもネット言論は、いわゆる論壇的な権威によるゲームとは別の道をとるべきだと思う。
ただし、僕は論壇的な言論空間を否定したいわけではない。
予防線を張っておくと、「正論」や「諸君」みたいなネトウヨに毛の生えたようなものは、僕は論壇とは呼びたくないのだが。
それはさておき。

いわゆる論壇とは、アカデミズムにおいて、玄人たちのハイレベルな議論を、一般向けに噛み砕いて放出したものであろう。
もちろんそれは、人の金で研究をするアカデミズムの社会に負う義務でもあろう(このような義務の観念を有さないアカデミシャンもいるかもしれないが)。
つまり、そもそもいわゆる論壇における論者は、そもそも特定の観点から(つまり、その分野のプロである学者という形で)選別を受けている。
ということは、その学者がその分野において果たしてきた様々な実績とも無縁ではなく、その実績はその分野そのものの様々な集積(成果)に依拠するわけで、その意味で「その分野における権威」という相貌を良くも悪くも帯びてしまう。
再度繰り返すが、僕はそのことを必ずしも否定しない(否定するとしたら、いわゆる論壇的なものを全否定しなければならないだろう)。
ただ、受け取る側は、そういうこと(いわゆる論壇が、各分野のそれまでの集積により権威付けられていること、および受け取る側もそのように権威付けられているものとして受け取らざるを得ないこと)を肝に銘じておくべきだろう。

さて、ネット言論に戻って。
そもそも、ネット言論はパソコン端末さえ有していれば誰でも参入可能で、しかも自らの素性を明らかにすることはそもそも必要とされない(そのことの是非は措くが、僕は肯定的に捉える)。
もちろん、ブログなどのネット言論において、自らの素性を明らかにしている人もいる(特にプロ)。
それは必要に駆られての場合もあるだろうし、プロ意識に基づく場合もあるだろうし、計算づくの場合もあるだろう(著名人の場合はそれだけでアクセス数を見込める)。
もちろん、素性を明らかにしたがゆえの、批判や誹謗中傷などのリスクもあるだろうから、そこも比較考量した上でなされるだろうが。

しかし、ネット言論の多くはそもそもそれほどのマスを見込めるあてもなく、(相互リンク的なものを含めて)口コミ的に広がるケースが圧倒的だろう。
そんな中で、多くの読者の支持を得たブログが現出してくる。
これはネット言論に限るものではなく、世の中の様々な現象に広範に認められるものである。
例えば、科学研究においても、輝かしい発見は氷山の一角であり、その水面下には膨大な有象無象の研究が溢れ返っている(逆に言えばその有象無象がなければ、一握りの栄光もないということだが)。
しかも、その輝かしい発見も、偶然に満ちている。
これは、自由主義が正当化される理由でもある(強調しておきますが、自由主義と新自由主義はまったく別物であり、新自由主義は上記のことからはまったく正当化されません)。
人々が自由に振舞う結果、一握りではあるかもしれないが、人類にとっての素晴らしい成果がもたらされる(ことがある)。
それは必ずしも物質的な成果には限らない。
芸術・文学や学問的な成果などもそのひとつに数えられるだろう。

有象無象のブログ(当ブログは間違いなくこの部類だが)の中から、プロ顔負けの言論人が出てくる(まあ、プロも元々は素人だったのから、それも当然といえば当然だが)。
しかも、不特定多数の人々が無償でアクセスできる。
そのようなネット言論人の中からひょっとしたら、プロの書き手が生まれてくるかもしれない。
それはそれで素晴らしいことだと思う。

しかし、そのためにも、不特定多数の人々が参入できるネット言論を僕としては大事にしたい。
ひょっとしたら、有象無象のブログの存在を快く思っていない人もいるかもしれない。
しかし、そのような人は(もしいるとしてだが)、上質な言論は有象無象の言論の存在抜きにはありえないということ、かつ有象無象の言論が豊かであればあるほど上質な言論も豊かになるということ、上質な言論を操る人もかつては有象無象の言論と戯れるに一人に過ぎなかったこと、などに思い至らないのかもしれない。

ま、ちょっと散漫な書き連ねになってしまいましたが。
年の瀬を迎え、代表的な左派ブロガーの有料化というニュース(?)を目にして、思うところを書いてみました。
いずれにしても、ネット言論はまだその端緒についたところで、今後そのあり方をどんどん進化させていくだろう。
そのためにもネット規制という、公権力におけるネット言論弾圧には注意したいと思う。

本年一年ありがとうございました。
来年も不定期につらつら思うままに更新していきたいと思います。
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