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2024-02

科学者に誠実さや倫理を求めること(あるいは科学の信頼性とは?)

超~久々の更新です…

もはやまえがきを書くのもおこがましいな…

世間を賑わす小保方問題…
正直、「NHK7時のニュースのトップでやるようなニュースか?」という疑問は拭えない。
「もっと報じるべきニュースはいくらでもあるだろう?」的な…
今さら「論文不正疑惑」を論じたいわけではない(少しネットを検索するだけで、本筋とは無関係のスキャンダラスな噂話まで含めていくらでもヒットするだろう)


ここで僕が論じたいのは、小保方論文は”全否定”しなければならないというブログエントリーで述べられている次のような考え方である。

以下引用

一言で言えば会見で小保方氏は論点のすり換えを行っている印象を受けました。

 問題になっているのはこの論文に剽窃や改ざんがあったのかどうかという点であり、STAP細胞が確かに作製されたのかどうか実験の成否ではありません。

 もちろん実験の成否はたいへん重要なポイントですが、小保方氏が問われているのは、実験の成否以前の、科学者としてのモラル・誠実さの欠落です

 科学者としての基礎的倫理観が身に付いていないと断じざるを得ません。

 会見では不注意を謝罪したが、不正と認定されるような論文を発表すること自体、知的誠実さに欠けているのです。

 一般論で言えばここまで論文に不正があれば、実験そのものに「不正」がなかったとしても、科学的信ぴょう性はゼロです。 

 私は、日頃学生の剽窃行為やデータや画像の改ざんには厳しくペナルティを課しています、科学レポートを学生に指導する立場から、小保方氏の反論は認めるわけにはいきません、学術論文に対する甘すぎるその姿勢を認めれば、理研のみならず日本の科学論文全般の信用問題になりかねません。

 私は多くの学生の不正論文にこれまで厳しいペナルティを課してきました。

 私のペナルティにより単位を落としたり卒業できなかった学生もおります。

 STAP細胞が存在するかしないかはたいへん重要なテーマですが、小保方氏の論文に不正があった事実にとっては、二次的なことです。

 小保方論文は"全否定"しなければなりません。



以上引用(注:強調は引用者)


さて、「論文不正問題」は「不誠実さ」ゆえに、あるいは「倫理の欠如」ゆえに断罪されるべきものだろうか?
つまり、「論文の不正」と「不誠実さ、あるいは倫理の欠如」は別のものだろうか、同一のものだろうか?
おそらく同一のものだろう(「誠実な、あるいは倫理的な論文不正」はあり得ないだろうからだ)
だとすれば、「論文不正はダメだ」、ではなぜいけないのだろうか?
ことさら(「論文不正はダメだ」に付け加えて)、「不誠実さ」や「倫理の欠如」を非難する必要性はどこにあるのだろうか?


えっ?科学の信頼性が損なわれる?
一個人の不正で科学の信頼は損なわれるものなの?
誰かの不正が今後判明したとして、ニュートン力学や相対性理論や量子力学は全否定されるの?
あるいは、誰かの不正によってニュートン力学や相対性理論や量子力学の信頼性が少しでも揺らぐものなの?
もしもそれらの信頼性が揺らぐとしたら、新たな物理学上の発見によってであって(上記の信頼性を揺るがせる発見があるとはとても思えないが)、特定の科学者の不正などでは断じてない。


言い方を変えてみよう。
科学が信頼し得るのは、決して科学者たちが誠実さに溢れて、倫理を備えた立派な人物だからでは決してない(誠実な科学者や倫理的な科学者の存在を否定しているわけではない、というか科学者の多くは正直者だろう)。
科学が信頼し得るのは、それが特定の科学者が不正を試みようとしても、容易には許さないシステムになっているからだ(システムとして不正を排除する)。


具体的にはこういうことである。
正直者の科学者とて人の子である。
科学史に残る大発見をしたいし、有名にだってなりたいだろう。
人に先を越されると悔しいと思うだろう。
つまり、功名心や嫉妬心だって人並みにもっているだろう(よほどの人格者でもない限り)。
そうすると、それらの功名心や嫉妬心ゆえに、新発見にたいしては懐疑・猜疑をもって、目を皿のようにしてあら捜しをする(ちょうど小保方論文に対するように!)。
そして、そのような他の科学者達の懐疑・猜疑によるあら捜しにもかかわらず、深刻な欠点のない論文が、晴れて新発見の資格を得る(もちろん、それが科学上の通説になるにはさらに時間がかかる)。


つまり、こういうことだ。
科学の信頼性は、科学者の利己心にもかかわらず(より正確には科学者の利己心をうまく利用して)、システムとして有しているものだ。
個々人の科学者の「誠実さ」や「倫理」などはっきり言ってどうでもよい(他の科学者の懐疑・猜疑をあしらえなければ、どのみち科学者として通用しない)。


特定の科学者に「誠実さ」や「倫理」を求めるなど、はっきり言えば科学のなんたるかを理解していないとしか思えないし、科学を信頼しているとも思えない。
繰り返しになるが、「科学の信頼性」は科学者個人の「不誠実さ」や「倫理の欠如」によっては微塵も揺らぐことはないのだ。


あっ、本当は「他者に誠実さや倫理を求めること」というエントリーにしようと思っていたのだけど、趣旨がだいぶ違ってしまったなぁ…
また後日に(ホントに書くかな?)
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倫理 未完のプロジェクト (あるいは倫理と科学について)

アクセス数が凄いことになっている…
これもひとえにtwitterで拡散してくださった方々のおかげであり、御礼申し上げます。
このアクセス数に気をよくして検察ネタを引っ張る誘惑に駆られるところではあるが…
書きたいことを書くという自分のスタイルは貫いていきたい。
まぁ、たまにはスケベ心を出して検察ネタも書いていこう。


さて、倫理シリーズ
そもそものきっかけは、「現在の日本社会に欠けているのは倫理ではないか?」という、些か(?)大風呂敷の問題意識から始まったものでありました。

そして僕の考える(日本社会に欠如している)倫理とは、「自ら確立した行為規準(ないし行為指針)」というものでありました。

そしてそのように定義する限りにおいては、倫理は決して完成するものではない(未完のプロジェクトである他ない)。
そのことを科学とのアナロジーにより示したい。
それは、こと倫理ということに関しては、人に謙虚であることを要請することになるだろう。


科学は決して完成したものではない(少なくとも科学が完成したものであることを示すことはできない)。
ポパーによれば、科学の正当化には意味がない。言い換えれば、科学は批判(誤りを見つけようとする試み)によって(のみ)発展する。これがポパーの唱える批判的合理主義の含意である。
正当化に意味がない、ということはもう少し述べた方がよいだろう。


私たちがある事柄を正しいと証明したい(正当化したい)と思う。
そのためには、正しい前提から、その事柄を論理的に導ければよい。
しかし、その前提は本当に正しいのか?なぜその前提が正しいと言えるのか?より正しい(?)前提から導かれるからか?ではなぜそのより正しい(?)前提は正しいと言えるのか?
こうして、無限後退に陥ることになる。


もちろん、「正しいと証明するためには無限後退に陥る」ことは、間違いであることを証明するわけではない(証明できないことを示すのみである)。
しかし、正しいと証明できない命題を正しいと見做すことは、ある種の信仰である他はない。
こうして、どれほど正しいものに見えようとも科学を正しいと証明する(正当化する)ことはできない(「科学の正しさ」は信仰の対象である以外にない)。


さて、上記のロジックを倫理に当てはめてみよう。
倫理は完成されたものではあり得ない(少なくともそれ証明することはできない)。
もちろん、自分の倫理が完成されたものであると信じることはできる(それは信仰の対象である他はないが)。
しかし、自分の倫理が完成されたものであると信じている人間と、自らの倫理が誤った(あるいは未完成の)ものである(かもしれない)と考える人間の、どちらが困難やトラブルに直面した時にそれを乗り越えられるだろうか?
僕には明らかに思える(言うまでもなく後者である)。
まぁ、この辺りはやや(?)余談めいていますが…


自らの倫理が未完成(未熟)であると考えるなら、それをよりよいもの(より成熟したもの)へと発展させようとするモチベーションを持ち得るだろう(必ずそうなる、という意味ではない)。
それをシンプルに「成長への意思」を持ち得る、と言い換えてもよい。
そして、「成長への意思」を持ち得るのは、それを他ならぬ自分が作り上げたもの、という感覚を有するからに違いない。
逆に言えば、自分以外のものから発したものについて、「成長の意思」を持ち得るだろうか?


他ならぬ自分が作り上げたもの、という感覚は恐らく責任という感覚と密接に関係がある(同じものかもしれない)。
だとすれば、社会が責任という感覚で満たされるためには、私たちは一人一人が「自ら確立した行為規準」、という意味での倫理を有する必要があるだろう。
そのためには何が必要か?
それを展開するのには別のエントリーが必要になるが、「それは試行錯誤である」、と予告して本エントリーを締めようと思う。

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