ポジショントーク 野次馬魂(4)
現役検察官からの検察批判は立場的に難しいのでしょうが(すぐに飛ばされるだろうから)、さすがに検察OBからは西松建設事件の捜査の拙さを指摘する意見が出てきているようですね。
まずは、その筆頭の郷原信郎氏は、ビデオニュースのインタビューと「ガダルカナル」化する特捜検察で、今回の検察の捜査のあり方を批判されています。
また、先日の毎日でも、西松建設献金事件:総選挙前の立件、検察OBも「なぜ?」という記事が出ている。
この記事はメディアの戦略としても参考になる。
多分、メディアの中にも今回の捜査が非常に胡散臭いものと見ている人もいる(多いか少ないかは別として)だろう。
しかし、それを「メディアの意見」として堂々と述べることは難しい(権力に睨まれる恐れがある)。
それを、今回のようにあくまでも検察OBの意見として提出することで、メディアで検察批判を行うことも可能になる。
もちろん、メディアの責任回避的なところは否定できないし、決して褒められた仕方ではないとは思うが、メディア内部で今回の恣意的捜査批判が出てくるとしたらこのような形でしかないのかもしれない。
もっとも、メディアにとってはより重要な、「検察リーク垂れ流し批判」が出てこないところがなんとも…ではありますが(多少はそれを相対化する意味合いもあるのでしょうが、記事のインパクトとしては弱いでしょう)。
それはネットなどのメディア外部でやって行くしかないのでしょうか?
それはさておき、上記の毎日の記事から一部引用しますと
フム、10人中9人は「時期の問題」があると。
で、10人中1人の例外的人物であるのが、「この時期に証拠を掴んでしまったのだから(時期、タイミングの問題はない)」とタイミングの問題についてで言い放ったモトケン氏ですね。
詳しくは当ブログのコチラの記事を参照していただきたいのですが。
それを僕は「自ら検察という組織に身を置いた元検であるで以上は止むを得ない『検察の言い分の垂れ流し』」と表現しました。
しかし、上記の毎日の記事を読む限りは、元検が皆「検察の言い分の垂れ流し」をするわけでもないようだ(むしろ、10人中9人は批判的であるようだ)。
とすると、モトケン氏は、10人中1人の単なる変わり者なのか?と思って小倉秀夫氏のブログを拝見すると、コチラの記事で
と、モトケン氏のブログ記事にリンクを貼っているではありませんか!
つまりは、モトケン氏=矢部善朗弁護士・創価大学法科大学院教授なわけですね、きっと。
10人中1人の例外が、公明党の母体である創価学会の擁する創価大学の教授であると。
分かりやす過ぎです。
で、その事実(反論してないから事実なんでしょう)を指摘されたモトケン氏が
と逆ギレしているところが笑えます。
「事実を指摘」したに過ぎないのにねぇ。
ちなみに、小倉秀夫氏もタイミングの問題というエントリーで僕が言及したモトケン氏のタイミングの問題についてというエントリーに言及されていますので、よかったらご参考に。
モトケン氏VS小倉氏のバトルもなかなか見ごたえがあります。
えーっと、ブログエントリーの構成上、時系列には多少の脚色がありますので、その点はご了承を。
まずは、その筆頭の郷原信郎氏は、ビデオニュースのインタビューと「ガダルカナル」化する特捜検察で、今回の検察の捜査のあり方を批判されています。
また、先日の毎日でも、西松建設献金事件:総選挙前の立件、検察OBも「なぜ?」という記事が出ている。
この記事はメディアの戦略としても参考になる。
多分、メディアの中にも今回の捜査が非常に胡散臭いものと見ている人もいる(多いか少ないかは別として)だろう。
しかし、それを「メディアの意見」として堂々と述べることは難しい(権力に睨まれる恐れがある)。
それを、今回のようにあくまでも検察OBの意見として提出することで、メディアで検察批判を行うことも可能になる。
もちろん、メディアの責任回避的なところは否定できないし、決して褒められた仕方ではないとは思うが、メディア内部で今回の恣意的捜査批判が出てくるとしたらこのような形でしかないのかもしれない。
もっとも、メディアにとってはより重要な、「検察リーク垂れ流し批判」が出てこないところがなんとも…ではありますが(多少はそれを相対化する意味合いもあるのでしょうが、記事のインパクトとしては弱いでしょう)。
それはネットなどのメディア外部でやって行くしかないのでしょうか?
それはさておき、上記の毎日の記事から一部引用しますと
「単純に考えて時期は最悪だ」。ある元検察幹部は漏らす。政治的な動きだと民主党サイドが反発している点についても「10人中9人がそう思うだろう」と捜査に手厳しい。
フム、10人中9人は「時期の問題」があると。
で、10人中1人の例外的人物であるのが、「この時期に証拠を掴んでしまったのだから(時期、タイミングの問題はない)」とタイミングの問題についてで言い放ったモトケン氏ですね。
詳しくは当ブログのコチラの記事を参照していただきたいのですが。
それを僕は「自ら検察という組織に身を置いた元検であるで以上は止むを得ない『検察の言い分の垂れ流し』」と表現しました。
しかし、上記の毎日の記事を読む限りは、元検が皆「検察の言い分の垂れ流し」をするわけでもないようだ(むしろ、10人中9人は批判的であるようだ)。
とすると、モトケン氏は、10人中1人の単なる変わり者なのか?と思って小倉秀夫氏のブログを拝見すると、コチラの記事で
矢部善朗弁護士・創価大学法科大学院教授は次のように述べています。
と、モトケン氏のブログ記事にリンクを貼っているではありませんか!
つまりは、モトケン氏=矢部善朗弁護士・創価大学法科大学院教授なわけですね、きっと。
10人中1人の例外が、公明党の母体である創価学会の擁する創価大学の教授であると。
分かりやす過ぎです。
で、その事実(反論してないから事実なんでしょう)を指摘されたモトケン氏が
ついに小倉秀夫弁護士も「創価カード」を切るようになってしまいました。
と逆ギレしているところが笑えます。
「事実を指摘」したに過ぎないのにねぇ。
ちなみに、小倉秀夫氏もタイミングの問題というエントリーで僕が言及したモトケン氏のタイミングの問題についてというエントリーに言及されていますので、よかったらご参考に。
モトケン氏VS小倉氏のバトルもなかなか見ごたえがあります。
えーっと、ブログエントリーの構成上、時系列には多少の脚色がありますので、その点はご了承を。
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野次馬魂(3) 謙虚さと傲慢さ
「不特定多数が閲覧できる場で意見を表明したいなら、謙虚になって、もっと勉強してからにせよ(赤字の太字)」
とのたまう謙虚さのカケラもないコメントを、不特定多数が閲覧できるブログのコメント欄で発見してしまいました。
「他者に謙虚さを要求する、という傲慢さ」を私たちはどう扱えばよいのでしょうか?
合掌。
とのたまう謙虚さのカケラもないコメントを、不特定多数が閲覧できるブログのコメント欄で発見してしまいました。
「他者に謙虚さを要求する、という傲慢さ」を私たちはどう扱えばよいのでしょうか?
合掌。
定額給付とある論争より 野次馬魂(2)
気が付いたらもう2月&10日ぶりの更新か…
気になっていることはあるんですが、なんとなく筆が進まないというか。
ブログ巡りはしているんですけどね。
政治的には、
簡保の宿オリックス売却の是非(宮内氏証人喚問?)
どうなるソマリア海自派兵(どう考えても違憲では?)
どうする定額給付金(国民の7割~8割が反対してるのに?)
の3本が今はホットですね。
かんぽの宿は植草氏のブログ
ソマリア海自派兵はお玉さんのブログ
定額給付は…どこだろ?
上杉隆氏と池田信夫氏のバトルが面白い。
上杉氏のコチラとコチラの記事に池田氏が噛み付いて、上杉氏が応酬、池田氏反撃、上杉氏再応酬みたいな)
まあ、経済学ド素人の自分としては、勝った負けたはスルーして(そもそも、議論を勝ち負けで捉えたくないということもあり)。
定額給付みたいなお茶濁しをするくらいなら、きっちりベーシックインカム的なことを議論してほしいということもあり。
池田氏のコメント欄を見て突っ込みたいことをいくつか。
まず、上のリンクの一つ目の記事のコメント
マクロ経済学の大原則? (池田信夫) 2009-01-22 15:50:50
から引用
もう僕はこれだけで、この人はアカデミシャンとしては信用も信頼もできないな、と思ってしまいますね。
ある学問の分野は過去の(そして現在の)膨大な蓄積からなる。
その中には、相対的に重要なものもあれば、取るに足らないものもあるだろう。
しかし、それらが総体としてその分野を支えている。
それは分野に拠らない。
したがって、もし特定の分野をマジに勉強したいなら、その歴史を掘り起こすことから始めなければならないだろう。
それは、その分野を切り開いた先人達をリスペクトすることでもある。
現代の経済学の専門家は、ロックやアダム・スミスやマルクスを、すでに否定されたものとして全く読まないのだろうか?
多分、
「彼は本気で1960年代の物理学をまだ信じているらしい。こんな「大原則」なんて、30年以上前に否定されたんだよ。」などという物理学者はいないだろうし、
「彼は本気で1960年代の化学をまだ信じているらしい。こんな「大原則」なんて、30年以上前に否定されたんだよ。」などという化学者はいないだろうし、
「彼は本気で1960年代の生物学をまだ信じているらしい。こんな「大原則」なんて、30年以上前に否定されたんだよ。」などという生物学者はいないだろう。
経済学者のみがこのような発言をするのだろうか?それとも池田氏は例外なのだろうか?
あと、これは言葉のあやかもしれないが、「…をまだ信じているらしい」、信じているらしい?
は?
池田氏は学問を信仰の対象にしているのか?
池田氏は、現在の経済学を信じているのか?
もっと言えば、池田氏は、現在の経済学が、30年後には否定されると考えつつ信じているのか?
将来において、「まだ2000年代の経済学を本気で信じているらしい」と30年~40年後の経済学者に言われることを、池田氏は想定しているのだろうか?それとも、2000年の経済学は未来永劫正しいと信じているのだろうか?
僕の考えによれば、学問とは決してそのようなものではないのだが…
ちなみに言うと、僕がオタク社会論シリーズで想定していた、オタク的コミュニケーションとはまさに池田氏の上記のような発言を想定していたわけですが(シリーズ(1)、シリーズ(2)、シリーズ(3))。
チョイ短めですが、久々ということで。
多分次のエントリーもこの続きってことで。
そう言えば、定額給付金については、麻生首相の巧妙な戦略説(?)がありました。「あえて国民に不評の定額給付金を持ち出して、公明党の力を削ぐのだ」みたいな。
どうやら本気で定額給付金に猛進しているようですけど。
「公明党がねじ込んできましたが、世論を重視して止めます」と麻生首相が発言するのを期待したネトウヨ涙目、かな。
まあ、「義務教育程度の教養すら欠いている麻生首相にそんな高等な(?)戦略を思いつくわけないだろ」、と今なら突っ込めるのですが。
僕が予言めいた発言を自戒している理由の一つはそのあたりにもあるのですが。
「定額給付麻生戦略説」を説いた人達は、今どういう思い出定額給付を眺めているのだろう?
自分の先見のなさを、やっぱ麻生はアホだった、と他者に転嫁しているのだろうか?
気になっていることはあるんですが、なんとなく筆が進まないというか。
ブログ巡りはしているんですけどね。
政治的には、
簡保の宿オリックス売却の是非(宮内氏証人喚問?)
どうなるソマリア海自派兵(どう考えても違憲では?)
どうする定額給付金(国民の7割~8割が反対してるのに?)
の3本が今はホットですね。
かんぽの宿は植草氏のブログ
ソマリア海自派兵はお玉さんのブログ
定額給付は…どこだろ?
上杉隆氏と池田信夫氏のバトルが面白い。
上杉氏のコチラとコチラの記事に池田氏が噛み付いて、上杉氏が応酬、池田氏反撃、上杉氏再応酬みたいな)
まあ、経済学ド素人の自分としては、勝った負けたはスルーして(そもそも、議論を勝ち負けで捉えたくないということもあり)。
定額給付みたいなお茶濁しをするくらいなら、きっちりベーシックインカム的なことを議論してほしいということもあり。
池田氏のコメント欄を見て突っ込みたいことをいくつか。
まず、上のリンクの一つ目の記事のコメント
マクロ経済学の大原則? (池田信夫) 2009-01-22 15:50:50
から引用
彼は本気で1960年代の経済学をまだ信じているらしい。こんな「大原則」なんて、30年以上前に否定されたんだよ。
もう僕はこれだけで、この人はアカデミシャンとしては信用も信頼もできないな、と思ってしまいますね。
ある学問の分野は過去の(そして現在の)膨大な蓄積からなる。
その中には、相対的に重要なものもあれば、取るに足らないものもあるだろう。
しかし、それらが総体としてその分野を支えている。
それは分野に拠らない。
したがって、もし特定の分野をマジに勉強したいなら、その歴史を掘り起こすことから始めなければならないだろう。
それは、その分野を切り開いた先人達をリスペクトすることでもある。
現代の経済学の専門家は、ロックやアダム・スミスやマルクスを、すでに否定されたものとして全く読まないのだろうか?
多分、
「彼は本気で1960年代の物理学をまだ信じているらしい。こんな「大原則」なんて、30年以上前に否定されたんだよ。」などという物理学者はいないだろうし、
「彼は本気で1960年代の化学をまだ信じているらしい。こんな「大原則」なんて、30年以上前に否定されたんだよ。」などという化学者はいないだろうし、
「彼は本気で1960年代の生物学をまだ信じているらしい。こんな「大原則」なんて、30年以上前に否定されたんだよ。」などという生物学者はいないだろう。
経済学者のみがこのような発言をするのだろうか?それとも池田氏は例外なのだろうか?
あと、これは言葉のあやかもしれないが、「…をまだ信じているらしい」、信じているらしい?
は?
池田氏は学問を信仰の対象にしているのか?
池田氏は、現在の経済学を信じているのか?
もっと言えば、池田氏は、現在の経済学が、30年後には否定されると考えつつ信じているのか?
将来において、「まだ2000年代の経済学を本気で信じているらしい」と30年~40年後の経済学者に言われることを、池田氏は想定しているのだろうか?それとも、2000年の経済学は未来永劫正しいと信じているのだろうか?
僕の考えによれば、学問とは決してそのようなものではないのだが…
ちなみに言うと、僕がオタク社会論シリーズで想定していた、オタク的コミュニケーションとはまさに池田氏の上記のような発言を想定していたわけですが(シリーズ(1)、シリーズ(2)、シリーズ(3))。
チョイ短めですが、久々ということで。
多分次のエントリーもこの続きってことで。
そう言えば、定額給付金については、麻生首相の巧妙な戦略説(?)がありました。「あえて国民に不評の定額給付金を持ち出して、公明党の力を削ぐのだ」みたいな。
どうやら本気で定額給付金に猛進しているようですけど。
「公明党がねじ込んできましたが、世論を重視して止めます」と麻生首相が発言するのを期待したネトウヨ涙目、かな。
まあ、「義務教育程度の教養すら欠いている麻生首相にそんな高等な(?)戦略を思いつくわけないだろ」、と今なら突っ込めるのですが。
僕が予言めいた発言を自戒している理由の一つはそのあたりにもあるのですが。
「定額給付麻生戦略説」を説いた人達は、今どういう思い出定額給付を眺めているのだろう?
自分の先見のなさを、やっぱ麻生はアホだった、と他者に転嫁しているのだろうか?
野次馬魂
いくつかエントリーの微修正を行っております(6/18追記)
本日は欲張ってエントリーを二つ。
といいましても、どちらもそれほど力入ってません。
こちらのエントリーは、毛色を変えて私の野次馬根性を露呈したいと思う。
さて、アルファブロガーという存在をご存知でしょうか?
2007年度の栄えある受賞者である、ぐっちーさん、貞子さんをめぐって(もう一人のアルファブロガー美爾依さんも巻き込んで)、ちょっときな臭い論争がブログ界隈で発生しております。
ご存じない皆さんも野次馬根性をちょこっと出してご覧になってはいかがでしょうか?
水伝騒動とは趣が異なっております。
私の野次馬根性はバリバリの全開状態でございます。
さて、まず事の発端はこちら
ぐっちー氏のこのエントリー植草一秀君、植草一秀君ー2、いかにもな話で、個人的な親しさをアピールしたり(一番前)、2006年9月13日に起こった植草氏の京浜急行痴漢事件について、さも自分が植草氏と会って話をしてきたかのように述べています(後ろ二つ)。
それに対して、早くから植草氏の支援サイトでは、嘘八百として糾弾する記事が載せられていました(これは最近の騒動まで僕は存じませんでした)。
そして、真打登場。
(一連の事件に関する)自らの著書の題名そのままの植草一秀の『知られざる真実』というブログで執筆活動を再開した植草氏が、ぐっちー氏に反撃を開始しております。反撃その1、反撃その2、反撃その3。
それに対するぐっちー氏の正面からの反論や謝罪は、現在のところない模様です。
朝日新聞紙上でのぐっちー氏のコメントは、「(quine10注:エントリー内容が本当か嘘かについては)泥仕合になるのでノーコメント。うそだと思えば見なければいい」、などとまったくの他人事の様子ですね(この新聞記事は僕も読みました)。
さて、ここにもう一人のアルファブロガーの貞子さんが参入してきた模様です(詳しくはこちらとこちら)。
そして貞子さんに対する植草氏の反撃は、「貞子ちゃんの連れ連れ日記」藤井まり子氏への反論と「貞子ちゃんの連れ連れ日記」へのコメント(2)(追記を含む)。
ここにまた更なるアルファブロガーである、カナダde日本語まで参入し、さながらバトルロイヤルの様相を呈してきている。カナダde日本語のぐっちー氏関連エントリーと貞子さん関連エントリー
当然のことながら、品川の手鏡事件、京浜急行痴漢事件にたいして、早くから陰謀論の立場をとってきた神州の泉でも関連するエントリーがアップされている。ブログにも見られる印象操作、ぐっちー氏のブログと…(このエントリーはコメントも必読)、『貞子ちゃんの連れ連れ日記』は小泉・竹中路線の出先ブログか!?、貞子ちゃんこと藤井まり子氏からの投稿、藤井まり子氏の動きについて、驚愕!!貞子こと藤井まり子氏と木村剛氏との深い関係!!!。
植草事件陰謀論については、『植草事件』を惹起した巨大な闇(1)、同(2)、同(3)。
植草氏の支援サイトの、ここ最近の騒動に関しては、ぐっちー氏の件植草さんが書いていたのでその証拠のメールを、貞子ちゃんと毎日新聞の対応とぐっちーの件について、ぐっちーが反省? 反省してたらこんな対応をするわけないでしょうなど。
植草氏の小学校時代の同級生のブログの女ぐっちー登場! も一読の価値ありです。
最後にいささか場外乱闘の感がしないでもないのが、復活!三輪のレッドアラート!の裏切られた様な気分と憂鬱。単純に、嫌なら読まなきゃいいだろう、と僕なんかは思ってしまうのだが…。ここまで書かないといけない個人的な事情でもあるのだろうか?
大雑把にしかフォローしきれない感じですが、拘るときりがないのでこの辺で。
あ、これは野次馬根性丸出し記事ですから、当然拍手は不要ですよ(えっ?誰もしない?)。
本日は欲張ってエントリーを二つ。
といいましても、どちらもそれほど力入ってません。
こちらのエントリーは、毛色を変えて私の野次馬根性を露呈したいと思う。
さて、アルファブロガーという存在をご存知でしょうか?
2007年度の栄えある受賞者である、ぐっちーさん、貞子さんをめぐって(もう一人のアルファブロガー美爾依さんも巻き込んで)、ちょっときな臭い論争がブログ界隈で発生しております。
ご存じない皆さんも野次馬根性をちょこっと出してご覧になってはいかがでしょうか?
水伝騒動とは趣が異なっております。
私の野次馬根性はバリバリの全開状態でございます。
さて、まず事の発端はこちら
ぐっちー氏のこのエントリー植草一秀君、植草一秀君ー2、いかにもな話で、個人的な親しさをアピールしたり(一番前)、2006年9月13日に起こった植草氏の京浜急行痴漢事件について、さも自分が植草氏と会って話をしてきたかのように述べています(後ろ二つ)。
それに対して、早くから植草氏の支援サイトでは、嘘八百として糾弾する記事が載せられていました(これは最近の騒動まで僕は存じませんでした)。
そして、真打登場。
(一連の事件に関する)自らの著書の題名そのままの植草一秀の『知られざる真実』というブログで執筆活動を再開した植草氏が、ぐっちー氏に反撃を開始しております。反撃その1、反撃その2、反撃その3。
それに対するぐっちー氏の正面からの反論や謝罪は、現在のところない模様です。
朝日新聞紙上でのぐっちー氏のコメントは、「(quine10注:エントリー内容が本当か嘘かについては)泥仕合になるのでノーコメント。うそだと思えば見なければいい」、などとまったくの他人事の様子ですね(この新聞記事は僕も読みました)。
さて、ここにもう一人のアルファブロガーの貞子さんが参入してきた模様です(詳しくはこちらとこちら)。
そして貞子さんに対する植草氏の反撃は、「貞子ちゃんの連れ連れ日記」藤井まり子氏への反論と「貞子ちゃんの連れ連れ日記」へのコメント(2)(追記を含む)。
ここにまた更なるアルファブロガーである、カナダde日本語まで参入し、さながらバトルロイヤルの様相を呈してきている。カナダde日本語のぐっちー氏関連エントリーと貞子さん関連エントリー
当然のことながら、品川の手鏡事件、京浜急行痴漢事件にたいして、早くから陰謀論の立場をとってきた神州の泉でも関連するエントリーがアップされている。ブログにも見られる印象操作、ぐっちー氏のブログと…(このエントリーはコメントも必読)、『貞子ちゃんの連れ連れ日記』は小泉・竹中路線の出先ブログか!?、貞子ちゃんこと藤井まり子氏からの投稿、藤井まり子氏の動きについて、驚愕!!貞子こと藤井まり子氏と木村剛氏との深い関係!!!。
植草事件陰謀論については、『植草事件』を惹起した巨大な闇(1)、同(2)、同(3)。
植草氏の支援サイトの、ここ最近の騒動に関しては、ぐっちー氏の件植草さんが書いていたのでその証拠のメールを、貞子ちゃんと毎日新聞の対応とぐっちーの件について、ぐっちーが反省? 反省してたらこんな対応をするわけないでしょうなど。
植草氏の小学校時代の同級生のブログの女ぐっちー登場! も一読の価値ありです。
最後にいささか場外乱闘の感がしないでもないのが、復活!三輪のレッドアラート!の裏切られた様な気分と憂鬱。単純に、嫌なら読まなきゃいいだろう、と僕なんかは思ってしまうのだが…。ここまで書かないといけない個人的な事情でもあるのだろうか?
大雑把にしかフォローしきれない感じですが、拘るときりがないのでこの辺で。
あ、これは野次馬根性丸出し記事ですから、当然拍手は不要ですよ(えっ?誰もしない?)。